調教師の仕事は馬主から馬を預かり管理すること。
調教し、レースに出走させることと一般的には言われますが、矢作調教師は「調教師の仕事は健全な厩舎運営をし、従業員を幸せにすること」と著書で語っています。
「馬の調教は専門家(調教助手)に任せ、私は仕入れに力を入れます。
良い馬を集め、それぞれの馬がどのレースに出走するといくら稼げるか、常に全国のレースを調べ、遊んでいる馬がないように配置し売り上げを上げるのが経営者の仕事です。
お陰様で、矢作厩舎では中途退社が一人もいません(著書 開成調教師の仕事 執筆時)
いくら大きなタイトルを獲っても、そこで働く従業員の生活が守られなきゃ、経営者として失格なんです」
私が競馬を知る前に偶然テレビでこの話を聞き、「へえ、なんか変わった人」と印象に残っていたので、競馬を始めて真っ先に読んだのがこの本でした(笑)
馬の本かと思いきや、ビジネス書に近い内容でしたが、「きっとこの人、近い将来もっと成功するんだろうな。」ということだけは当時でもわかりました(笑)
さて、O騎手とK調教師の訴訟の話に戻ります。
調教師の仕事というのは、このように厩舎経営こそが最重要課題だとすると、高額の馬を預かり安全に管理し、レースで収益を上げるために優秀な騎手を使うのは当然のこととなります。
人材教育は勿論大切ですが、特殊技能ですから才能の有無は非常に重要です。
経験させながら覚えさせる?・・・何千万もの資産に跨り、下手をすれば人災が起きたり、資産を失いかねないハイリスクな人材教育です。
前述の医者の話を自分の身の上に置き換えると、「人形ではうまくできるので、アナタのお腹を切らせてくれませんか?
たまに失敗しますが、経験しなけりゃ上達しませんから。」と言われて「どうぞ、一か八か経験のために切ってください」と言えますか?
今回のケース、もしとても優秀な指導力のある調教師だったら、もっとレースに出走させてあげられたのでしょうか?
私は向き不向きを早く見極めて伝えてあげることがお互いにとって大切だったのではないかと思います。
命と隣り合わせの仕事は、世襲とかやる気だけではどうにもなりません。
学校を卒業出来ても、現場では不適性ということは少なくないのです。
彼のこれまでの成績を見ましたが、いくら新人でいくら乗鞍が少なくても過怠金等違反の多さに驚きました。
これを1人の騎手、調教師だけの責任にして放置するJRAに責任はなかったのでしょうか?
もう一度競馬学校で履修する、指導不足の厩舎かどうか調査するといったことも、今後検討すべきではないでしょうか?
今回の事故は非常に気の毒で、O騎手が回復されて元気になったことはとても嬉しく思いました。
でも、訴訟に関して100対0はあり得ないと私は思います。
O騎手の本心はどこにあるのか?
いくら若いと言っても社会人です。
O騎手が語れないなら、代理弁護人が語るべきで、なぜ父親が前に出て来るのかがわかりません。
本当の適性はどうだったのか?
単なる指導不足・飼い殺し・暴力調教師だったのか?
親は息子を騎手として客観視できているのか?
親と調教師の狭間で、若い青年の未来が踏みにじられようとしてはいないのか?
経験も実力もない騎手がフリーとなって、仕事の依頼が来る世界にはとても思えません。
同じ業界の親ならわかるはずなのに。
私なら調教師だけでなく、この親からも距離を置きたいです。
どうか未来ある若者が、大人同士の醜い争いに巻き込まれず、次のステップへ進める方向で裁判が進んで欲しいです。
この訴訟、とても違和感を感じました。
O騎手の心がないがしろにされて、大人たちだけで進んでいる気がしてなりません。
以下の対応が可能です。
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